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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)12050号 判決

原告 奥山幸重

右訴訟代理人弁護士 松村正康

被告 青木鉛鉄合資会社

右代表者無限責任社員 青木陸弘

被告 伊東林平

主文

一  被告らは原告に対し、各自金三一〇万六九四二円と、これに対する昭和四九年一二月二〇日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担、その余を被告らの連帯負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金一二五六万六九二四円とこれに対する昭和四九年一二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の被告らに対する請求を、いずれも棄却する。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和四九年一二月一九日当時被告青木鉛鉄合資会社(以下「被告会社」という。)に製罐工として勤務し、被告伊東林平(以下「被告伊東」という。)も被告会社の業務に従事していた。

2  前同日の午前一〇時ごろ、被告会社肩書地所在の同社工場内において、原告と被告伊東は、ともに製罐・熔接作業に従事していたが、使用する部品の選択について意見が対立し、被告伊東が突如原告ののどを締めつけて原告を鉄材の上に押しつけた。原告は明治三九年生まれの老人であり、被告伊東は当時三五才くらいの壮年であって、体力的に相違があったので、ほとんど無抵抗のまま暴行を受けて負傷した(以下「本件事故」という)。

3  本件事故により原告は頸椎捻挫、左側胸部挫傷の傷害を受け、通院加療したが症状は悪化し、昭和五〇年一月二八日から同年二月二八日まで入院加療をした。その後五年を経過してもなお通院加療を必要とし、頸部痛、右腕の筋萎縮筋力低下などの後遺症により、手指にしびれを生じ、全く労務に服することができず、労働者災害補償保険法所定の傷害等級三級と認定された。

4  右による損害額は、次のとおりである。

(一) 入院雑費 一万五五〇〇円

(内訳)一日五〇〇円として三一日分。

(二) 付添費 一〇九万五〇〇〇円

(内訳)食事、用便等に介助を要したので、家族付添料を一日一〇〇〇円として退院後三年分。

(三) 休業補償費 三〇三万五七七〇円

(内訳)本件事故前の三ヶ月間の収入合計五一万三〇一七円の平均日給五七〇〇円の五年分の損失一〇四〇万二五〇〇円から、労災保険より受給した傷病手当金三〇六万二四〇〇円および傷病補償年金四三〇万四三三〇円を差し引いた金額。

(四) 慰謝料 九〇〇万円

(内訳)入院分二〇万円、通院五ヶ年分一八〇万円および常に労務に服することのできない症状による苦痛分として七〇〇万円。

(五) 弁護士費用等 五七万五〇〇〇円

(内訳)訴訟費用等一万五〇〇〇円、弁護士手数等六万円および弁護士謝金五〇万円。

以上合計金一三七二万一二七〇円。

5  被告会社は、被告伊東を業務上使用し、本件事故はその作業中における部品選択についての争いが原因で生じたものであるから、民法七一五条による使用者責任を負い、被告伊東は民法七〇九条による不法行為責任を負う。

6  よって原告は、本件事故による損害賠償請求債権金一三七二万一二七〇円の一部金として、被告らに対し各自金一二五六万六九二四円とこれに対する本件事故の翌日たる昭和四九年一二月二〇日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1について

(被告会社)

否認する。被告伊東は、金属熔接加工を業とする独立の下請業者であって、被告会社の従業員ではない。

(被告伊東)

認める

2  同2について

昭和四九年一二月一九日に被告会社工場内において原告と被告伊東が原告の主張する作業を行なっていたことは認めるが、その余は否認する。

3  同3は否認する。同4および5は争う。

三  抗弁

(被告会社)

1 仮に被告伊東が被告会社の被用者にあたるとしても、被告会社はつねに従業員に対し、就業中は一切けんか口論をしないよう厳重に注意しており、その監督を怠らなかったものであるから、被告伊東の選任監督につき相当の注意を払っていたといえる。

(被告伊東)

2 本件事故直前ごろ、原告と被告伊東は別々の仕事に就いていたところ、原告が被告伊東に原告の行なっている仕事の仮止め作業をするように申し向けたので、被告伊東はその猶予を願ったのであるが、原告は「先輩の言うことが聞けぬのか」というので口論となり、原告がいきなり被告伊東の胸元をつかみかかってきたので、防衛上いたしかたなくつかみ返しただけである。

3 仮に右行為による責任は免れ得ないとしても、右の事情にあるから、原告の過失をも斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

すべて否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  本件事故の発生

《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができる。

1  昭和四九年一二月一九日午前一一時三〇分(以下「本件事故当時」という。)の少し前ごろ、原告と被告伊東は、ともに被告会社工場内において、原告はボイラー用煙突本体の製罐作業を、被告伊東は同煙突天蓋部の熔接作業をしていた。

2  本件事故当時ごろ、原告が被告伊東に対し右天蓋部に取り付けるフックを作るよう要請したところ、被告伊東は廃物利用を思いたって工場内にあった廃物を用いてフックを作ろうとした。しかるに原告は立腹して「馬鹿野郎、そんなものがつけられるか」などと罵声をあびせたので口論となり、次いでもみ合いとなったが、原告はたちまち被告伊東に押されて、前記工場の鉄板製の床面に転倒したうえ、左上腕ないし左肩付近を押さえつけられ、一度は立ち上がったものの再び前回とほぼ同じ状況で鉄板製の床面に押し倒されて押さえつけられて、頸椎捻挫、左側胸部挫傷の損害を蒙った。

《証拠判断省略》

二  被告らの責任

(被告会社)

1  請求原因1は、原告と被告会社の間においては、《証拠省略》によってこれを認めることができる。なお同証拠によれば、本件事故当時被告伊東は、いわゆる臨時工として被告会社に雇用されていたものと認められる。《証拠判断省略》

2  また《証拠省略》によれば、本件事故当時原告と被告伊東は、ともに被告会社の工場内において、いずれも工場長石井昇の措示するところに従って前記一の1認定の各作業に従事していたのであるが、右各作業の進め方や細部における部品の選択については明確な指示がなく、かつ右石井は本件事故当時工場内にいなかったため、原告らにおいて協議のうえ作業を遂行しなければならない状況にあったこと、しかるに煙突天蓋部に取り付けるフックの選択につき原告と被告伊東の意見が対立して口論となり、けんか闘争にまで及んだこと、原告と被告伊東との間には、それまでなんらの私怨関係がなかったことが認められ、以上によれば、本件事故は被告伊東が被告会社の業務を遂行するにあたり発生したものということができる。

3  そこで抗弁1について判断するに、右2に摘示した事実による限りでは、原告および被告伊東が被告会社の業務を遂行するにあたり、不可避的に生じた部品の選択に関する意見の対立が、これを解消すべき方策ないし手順の欠如していたままにけんか闘争にまで発展したものといわざるを得ず、もとより右事実をもってしては抗弁1を認めるに到底足りず、他に同抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。

(被告伊東)

抗弁2について判断するに、《証拠省略》によれば、けんか闘争の契機となったのは、原告が被告伊東に対して罵声をあびせたことにあると認められるものの、それだけの事実では、壮健の身である被告伊東が当時六八才の老人であった原告に対し前記認定の暴力行為に及ぶことをいささかも正当化する事由たり得ず、他に抗弁2の事実を認めるに足りる証拠はない。

三  過失相殺

すでに認定したとおり、本件事故の原因となった口論の契機は、業務遂行上ささいな意見のくい違いを生じただけであるのに原告が被告伊東に対してやにわに罵声をあびせ、同人を侮辱して刺激興奮せしめたことに存すると認められる。《証拠省略》によれば、原告は本件事故当時六八才であって、当時三三才であった被告伊東とは親子ほど年令が隔絶しているうえ、職場においても原告の方が先輩であり、ましてや従前はなんらの私怨を抱く間柄でもなかったのであるから、原告が被告伊東に対し穏やかに説得することこそ十分に期待されたのに、感情のおもむくままにけんか闘争を自ら招来した点は極めて軽卒であったといえる。よって原告の損害額につき四〇パーセントの過失相殺をするのが相当である。

四  事故後の病状等

1  《証拠省略》によれば、請求原因3の事実を認めることができる。

なお右各証拠によれば、昭和四九年一二月一九日から同五〇年八月二〇日までの間に通院または入院により実際に診療を受けた日数は一三〇日であり、そのうち約九八日が通院加療を受けた日であること、その後は症状が悪化したため少なくとも昭和五四年一二月三日ごろまでの間は、昭和五四年五月に二週間程度肺炎治療のため入院していた期間を除いて、ほぼ毎日通院加療を受けたことが認められる。

2  ところで右1の各証拠によれば、原告には本件事故前から加令的変化として、軽度の変形性頸椎症が発症しており、これに本件事故による外力が加わって、頸部痛、両手指のしびれの各症状を呈している事実をうかがうことができる。しかし、同証拠によると、変形性頸椎症が原告の程度の場合、外力が加わらなくとも右各症状を来たす率はわずかに一、二パーセントにすぎないこと、本件事故による外力は、左頸椎部付近に加えられ、事故後二日を経てもなお軽い出血斑としてその痕跡が残っていたことから、相当強い外力であったことが推測され、そのため頸椎中の神経を挫滅したものと推定できること、さらに本件の場合、被告伊東は前記認定のとおり、原告が七〇才に近い老人であることを十分認識しつつ暴力行為に及んでいるが、そのような老人に暴行を加えれば通常人より重罵な症状を呈することを認識し得べきであったこともうかがえる。よって原告の損害額を算定するにあたっては、右変形性頸椎症の寄与度は斟酌しない。

また同証拠によれば、原告は昭和五〇年三月以降頸部痛が増悪した時点において入院加療および手術の勧めを断わっているが、《証拠省略》によれば、仮に再度の入院加療や手術をしたとしても、原告が老人であるため、現在より症状が改善されていたとの推定をなすことは困難であると認められるので、右の経緯も原告の損害額を算定するにつき参酌しない。

五  損害額

1  入院雑費 九三〇〇円

前記入院期間と原告の傷害の程度に鑑みるとき、入院雑費として一日当たり三〇〇円、三一日分合計九三〇〇円を要したことが推認される。

2  付添看護費 七六万六五〇〇円

《証拠省略》をあわせると、原告はその通院期間のうち、昭和五〇年三月一日より少なくとも三年間は受傷のため食事や用便も意のごとくならなかったため、内妻中村はる江の付添が必要となり、そのため、原告はいまだ現実に付添看護費を支払っているわけではないにしても、右付添を必要とする傷害を被ったことにより、原告は付添費相当分の損害を蒙ったといえるところ、右付添のなされた当時、付添人費用が一日当たり金七〇〇円を下らなかったことは当裁判所に顕著な事実であるから、右割合による金七六万六五〇〇円を原告の蒙った損害の額とするのが相当である。

3  休業補償費 三〇三万五七七〇円

《証拠省略》によれば、原告は本件事故当時被告会社において製罐工の職にあって、事故前の三ヶ月間は一日平均五七〇〇円の収入を得ていたのであるが、その職種および原告やその同僚たる広瀬清一の勤務状況に鑑みれば、原告は本件事故後少なくとも五年間は事故前と同一の収入を得て自己並びにその家族の生計を維持し得たであろうと推認されるところ、すでに認定した入院、通院生活のため、昭和四九年一二月一九日より昭和五四年一二月一八日までの間は、まったく稼働できなかったことが認められ、同認定を覆すに足りる証拠はない。右事実によると本件事故のための休業年数五年間に一日当たりの収入金五七〇〇円の積金一〇四〇万二五〇〇円を、原告は本件事故のため失ったと認めるべきところ、他面、原告は右期間中に労災保険傷病手当金として三〇六万二四〇〇円、健康保険による傷病補償金として金四三〇万四三三〇円の各支給を受けていることを自認しているので、これらを差し引いた残金三〇三万五七七〇円をもって補填されるべき休業補償費と認める。

4  慰謝料 九〇万円

前記認定の本件事故の態様、治療状況、後遺症状のほか、《証拠省略》によれば、被告らは本件事故以降一度も原告を見舞うことなく、誠意の片鱗をも示していないことが認められ、これらの諸事情を総合すると、本件事故によって原告が蒙った精神的苦痛は、金九〇万円をもって慰謝するのを相当とする。

5  過失相殺

以上の合計は金四七一万一五七〇円となるところ、これに四〇パーセントの過失相殺をすると二八二万六九四二円となる。

6  弁護士費用 二八万円

本件訴訟の内容、審理の経過、認容額等に鑑み、弁護士費用のうち本件事故による損害額と認められるのは、右金額をもって相当とする。

六  結論

右の次第により、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し金三一〇万六九四二円とこれに対する本件事故による損害発生の日より後日たる昭和四九年一二月二〇日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、原告のその余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 寶金敏明)

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